幸せな子どもたち
仕事としては久しぶりに、コーポラティブ住宅「きのかの家」に行ってきました。
昼過ぎから夜にかけて、建物の中を練り歩き、全体のおよそ1/3のお住まいを訪れました。
こうして練り歩いていつも思うことなのですが、どの場所、どの家に行っても、子どもたちの遊び声が聞こえてくるのです。
もちろん、もともと子育て世代の方々が多いということもありますが、そうではない方もたくさんいらっしゃるわけで、そうした方々の家を訪れたとしても、子どもたちの気配がします。
またこうして長い時間にわたり、建物の中を歩いていると、
「あれ、さっきは違う家で、違う子と遊んでなかったっけ?」
という場面を多々見受けます。
つまり子どもたちは、敷地の中めいっぱい、そして29の家を渡り歩いて、一日中遊んでいるのです。
遊ぶ相手も、年齢ごとに多少傾向はあるようですが、なんだか入り乱れています。
その間親たちは、必ず近くのどこかには居るのですが、基本的に子どもたちの輪に入ることなく、親は親の世界で何かしているし、子どもたちは子どもたちの世界で遊んでいます。
いってみれば、親が60人ばかりいて、子どもが30人ばかりいて、という大家族、それが文字通り、きのかの「家」という一つ屋根の下に住んでいる、そんな感じです。
こうした世界では、見るからに子どもたちは楽しそうです。
そうして親たちも、こうした表現は好ましくないのかもしれませんが、こうして子どもたちがたくさんいることで、子育てはむしろ‘楽’そうにみえます。
あるいは子どもたちと同じく、楽しそうです。
これはお金では決して買えない、ほんとうに大きな財産です。
そしてその財産を、無理して背伸びして作ったものではなく、何だかいつの間にか作られていたもの、という感じで、自然体でその財産を楽しんでいるところがまたいいですね。
子どもたちよ、
温かい黒い木の板に包まれた、
この世界を作ってくれた約60人の親に感謝!
そして今の楽しさの理由と意味を、
大きくなった時に考えてくれるとうれしいな。