小さいけれど、大きな喜び
先日、前の建て主さんに、
綿花の種をいただいたので、
我が家の小さな花壇に蒔いたら、
芽が出てきました。
(Kさん、ありがとうございます!)
その隣には、
数ヶ月前に植えたイチゴ。
小さいけれど、
真っ赤な実をつけていました。
家で何かを育てるって、
やはり楽しいですね。
我が家の土地は小さいですが、
できる範囲で、
いろいろ楽しもうと思います。
先日、前の建て主さんに、
綿花の種をいただいたので、
我が家の小さな花壇に蒔いたら、
芽が出てきました。
(Kさん、ありがとうございます!)
その隣には、
数ヶ月前に植えたイチゴ。
小さいけれど、
真っ赤な実をつけていました。
家で何かを育てるって、
やはり楽しいですね。
我が家の土地は小さいですが、
できる範囲で、
いろいろ楽しもうと思います。
昨日は、
布基礎部分のコンクリート打ちでした。
これで基礎の全貌が見えてきました。
週末以降、型枠を外す予定。
あとは上棟(今のところ7/14予定)まで、
養生です。
陽が燦燦と照り、また風がよく通るので、
ジョウロで水を撒きました。
なんだか野菜を育ててるみたいです。
ところで、
この日記を書いて思った
言葉の素朴な疑問。
コンクリートを流すとき、
なぜ「打つ」とか「打設」というのでしょう?
今月の20日より、
改正建築基準法が施行されます。
今日はその説明会に行ってきました。
今回の改正は、
一昨年紙上を賑わした、
「アネハ問題」に端を発します。
一連の事件により、
建築の世界の信用は失墜、
そのために名誉回復を期して、
今回建築基準法が大きく改正されたのでした。
改正された点を大まかにいうと、
・構造計算上の条件が厳しくなった
・構造計算に対するチェック機能の充実
・工事途中の設計変更等に対する手続きの強化
・私たち設計者の力量・質がよりいっそう問われる時代となった
・設計体制の明示化
といったところでしょうか。
色々意見はあるでしょうが、
今はその決まりにしたがってやるしかないでしょう。
むしろ建築の質がより問われる時代にあって、
よい方向といえるかもしれません。
しかし、とてもたいへんになる手続き内容を見て、
私たち建築士の信用ってそこまで失墜しちゃったんだ…、
と、切ない気持ちにもなりました。
以前、大昔の建築確認申請書類を見たことがありますが、
書類の薄さに感動!しました。
建物の質が建てる側の自己責任、
あるいは私たち建築士の良心に託された、
のどかな時代もあったんですね。
そして今、
そんなものは信用できない、というわけです。
とはいえ、
それを嘆いていても仕方なく、
制度やしくみがどう変わろうと、
私は私の信じる方法論で、
建物づくりを提案し続ける所存。
カジュアートスペースにて、
第8回家仕事塾開催。
今日は先週に引き続き、竹小舞作業。
今日も楽しく、
手を動かし、口を動かし、
作業しました。
そしてお昼や休憩時間にも、
楽しいお話が繰り広げられた日でした。
(これも家仕事塾の醍醐味)
参加者の方が、
「竹小舞は、人を仲良しにする」
というようなことをおっしゃっていましたが、
そのとおりですね。
人を結ぶ、まさに「結」のしくみ。
・・・・・
さてせっかくなので、
写真付で竹小舞の作り方を解説。
まずは、
メダケを使って、
竹小舞の軸となる部分を作ります。
柱と桁に、メダケの径ほどの穴を掘って、
そこにメダケをたわませて、差し込みます。
そして縦の竹を、
貫に釘で打ち付けます。
これが「間渡し竹」ですね。
その間渡し竹に、
マダケを割ったものを、
棕櫚縄でタテ・ヨコに、
編んでいきます。
近くで見ると、
こんな感じ。
竹の密度が‘混んで’くると、
指がつらくなり、
棕櫚縄を通しにくいので、
内と外に人が立って、
棕櫚縄が行ったり来たり。
こうすると、楽ですね。
だんだんできてきました。
余談ですが、
普通の工事現場ですと、
竹小舞の施工写真を、
なかなかキレイに写すことができません。
その理由は二つ。
一つめは、
竹が編まれたら、
すぐ泥が塗られてしまうこと。
写真のために、工事現場は待ってくれません。
二つめは、
通常外側に足場が組まれているので、
どうしても背景が足場となります。
しかし今回は、
足場がない!
だから竹小舞越しに、
緑が美しく見えるのです。
しかも約2ヵ月、この状態!
暫く、この状態を堪能できるのです。
うれしいなー。
皆さんもせっかくのこの機会、
見に来ませんか?
竹の間をすり抜ける風が、
とても気持ちよいです。
竹小舞作業の間、
三週間前に仕込んだ泥を覗いてみましたが、
早速発酵して、
赤褐色が、緑色に変化していました。
ほのかに田んぼの香り。
私は好きですねえ、この香り。
今日は久しぶりに、
電車で東京へ。
道中読む本として、
「住宅建築06’10号」を
カバンの中に、突っ込む。
そう、「住まい塾」の特集です。
さかのぼればおよそ10年前、
私は以前、まちづくりの事務所に居たのですが、
まちづくりの仕事をする中で、
まちを構成する一つ一つの住まい作りから
まちづくりにつなげていきたいという考えに至り、
まちづくりの仕事を進めるかたわら、
住まいについての勉強を始めました。
(そして今に至る)
その中で偶然「住まい塾」に出会い、
その考え方にとても共感を覚え、
「住まい塾」の活動の一環として行われている
「設計者養成塾」の塾生としてお世話になった時期もありました。
(とはいえ、3回に一度ほどしか出席しない、
課題もなかなか進まない、落ちこぼれな塾生でしたが…)
そして今日、
久しぶりに「住まい塾」の考え方や、
作っている家の写真を見て、
住まい作りの勉強を始めた
当時のことを思い出し、
また改めて、
やり方は違いこそすれ、
私は鎌倉周辺を基盤として、
その心を何かしらのカタチで、
伝えていきたいと思いました。
また今日は久しぶりに、
お会いする方二人。
それぞれ、
以前お会いした時とはまた違う、
興味深い活動を繰り広げておられて、
とても楽しそうでした。
お二人の活動をお聞きして、
世の中確かに、ナンダカなあ、
ということが起きているけれど、
一方でまちや野には、
楽しい人たちがたくさん居るわけで、
そしてそういった人たちが結ばれて、
なんだか楽しい時代になりそうだ、と、
そんな予感がしてくるのです。
というわけで今日は、
拳を挙げてヨッシャ、と
思わず電車の中で叫びたくなるほど、
各方面から元気をいただきました。
今、ほとんど地元で
仕事も生活も完結している日々ですが、
たまには列車に揺れられ、
トキヨも行ってみるものだ。
皆さん、
昔ながらに作られた畳を
持ち上げたこと、
ありますか?
思ったよりも、とても重いですよね。
畳は、
軽い軽い藁とイグサを折り重ねて
できているはずなのに。
しかしそのヒミツは、
畳を‘サバいて’みれば、
よく分かります。
先日の荒壁土作りの
ワークショップの際、
たくさんの藁が必要なので、
お古の畳をサバいて、
その藁を混ぜたのですが、
大判、小判がザックザク、
といった感じで、
まあ、次から次へと、
藁が出てくること出てくること。
しかし逆に、
あの2寸ばかりの厚さに、
よくあれだけたくさんの藁を
詰め込む技術があるものだと、
感心してしまいました。
一方で、今作られる畳は、
イグサでできた畳表をはがしてみると、
畳床がボードだったり、
あるいは発泡スチロールみたいのだったり、
工業製品のようになってしまって、
こうした藁でできた畳床は、
とても少なくなってしまいました。
確かにそうした畳は、
軽いし、虫は寄りづらいだろうし、
畳干ししなくてもいいだろうし、
また作るのが簡単だから安いだろうし、
現代の私たちにとって
いいと思われる面も多いのでしょうが、
しかし、
こうしてたくさんの藁と、
職人の技が詰まった畳床が
失われようとしていることは、
私たちとって何か大切なもの―
気持ちよさだったり、
あるいはこうして切り刻んだとしても、
命をつないでいけることだったり、
そうしたものを
投げ捨ててしまっているのではないかと、
畳床をザクザク切りながら、
そういう想いにかられるのでした。
基礎工事のため、
毎日来ている
ササゴ建設の他に、
今日は、
設備屋の森田さん登場!
設備配管用の「穴(スリーブ)」を、
鉄筋のカゴの合間を縫って、仕込みます。
穴を仕込んだら、
すかさずササゴさんが、
布基礎用の型枠を立てていきます。
明日雨模様なので、
型枠は今日中完成目標。
先週末に、
鉄筋をカゴ状に組んでいく
仕事は完了!
今日はいよいよ、
床版にコンクリートを流し込みます。
コンクリートプラントが
車で数分のところにあるので、
順調に作業が進み、
10時頃には打ち終わってしまいました。
流し込んだら、
表面を平らに仕上げるとともに、
束石を並べていきます。