空に伸びゆくカツラの木
昨日はは久しぶりに、
「きなりの家」に行ってまいりました。
「きなりの家」とは15年前、
土地を買う前から
14世帯が環境共生型の
暮らしを求めて集まり、
それぞれの家の設計とともに、
全体についてはみんなで話し合いながら
計画を決めていく、
いわばコーポラティブ方式により
できあがった集合住宅です。
私は都市計画コンサルタント会社勤務時代に、
このコーポラティブ方式の
コーディネーター役として
お手伝いさせていただきました。
建築的には、
安全な素材による内装、
外断熱、逆梁工法、屋上菜園、
各種の自然エネルギー活用といった
当時珍しかったことも含めて
様々なことに取り組み、
また一ヵ月に一度程度、
みんなが集まる総会の場は
毎回長丁場で、
みんなで話し合いながら
いろいろなことを
決めていくということは、
こんなにもたいへんで、
こんなにも楽しいものかと
思ったものです。
また当時は、
電子メールが一般的ではなく、
連絡の手段は
会社に泊り込んでは
たくさんの資料をコピーして
ファックスか電話か郵送。
数年後に次の
コーポラティブハウスを手がける頃、
電子メール、そして
メーリングリストという手段を
使えるようになった時は、
なんて便利なんだ、
と思ったものでした。
まあとにかく
いろいろと思い出深い
きなりの家ですが、
昨日とある一室をお借りして
住民のお一人とともに
建設当時のことをお話しする
機会をいただきました。
もう15年前のできごと、
忘れていたこともありますが、
やはりこうして、
みんなの話を聞き込みながら
ものごとを決めていき、
みんなで家と物語を
作っていった充実感が
数年前のことのように
よみがえりました。
今は個人の家を
設計させていただくことが
多いですが、
個人だろうと
みんなの家だろうと、
こうして関わるみんなと
いい関係を作りながら
家と物語を作っていきたい
という姿勢は、
恐らく当時の充実感も
少なからず影響しているのだと
思います。
実はほぼ同時進行で、
鎌倉に伝統工法による
自宅を建てていましたので、
15年前の1999年という年は、
現在の仕事の原点
ともいえる年でした。
きなりの家の中庭に立つ
シンボルツリーのカツラの木は、
きなりの家とともに、
また個人的には
伝統工法との出会いの年から
成長してきた木。
15年経って
ついにきなりの家の
建物の高さを
追い越しました。
みんなで決めたこの木には、
何だか自分も
すごく思い入れがあります。
そしてこの空に伸びゆく
カツラの木を眺めながら、
コーポラティブ方式と伝統工法、
カツラの木を植えて以来、
それぞれに経験を積む機会をいただき、
この二つの方法論によって
集落作りができないものかと、
それがたてものやとして
当面の私の夢であることを
改めて再確認しました。
私たちの仕事は、
あくまでも
ご縁のものではありますが、
いつしかそのご縁と
出会うことができるよう、
夢を表明して日々精進です。