今年もきらくな大忘年会
今日は毎年恒例、
きらくなたてものやを支えてくださっている
職人仲間が一堂に会して大忘年会。
また今回は、
2年前に寿退社した
きらくなたてものやのOGも参加。
今年の労をねぎらうとともに、
来年に向けての絆を
確かめ合いました。
ホントすばらしいこのチーム、
私たちがいい仕事をするための
必要条件です。
来年もほぼこの顔触れで、
何卒よろしくお願いいたします。
つなげる建築
昨日の「みなとの家」の見学会には、
ありがたいことに多くの建主OBの方が
来てくださいました。
そしてたまたま居合わせた
建主さん同士が集まって
近況報告しあったり、
意見交換をしたりと、
しばらく交流を深めていました。
これは柿渋塗り、竹伐り、竹小舞かき…、
数々の場面でお互い助け合う、
理念でつながる現代版「結」の仕組みの中で
家づくりを続けてきた成果なのかなと思うと、
とてもうれしく思いました。
木と土による昔ながらの家づくりは、
「技」をつないでいくことも大事なことですが、
それとともにこうして
「心」をつなげてくれるということも、
大事にしていきたいと思います。
写真は、建主さんOBの方が庭先で育てた、
無肥料無農薬の各種ハーブ。
完成を祝ってプレゼントをいただきました。
ありがとうございます!
晩秋の逗子海岸の夕暮れ
今日は逗子でエネルギーカフェでした。
その様子は後ほど改めて
ご報告させていただくとして、
その後葉山までの道中の夕暮れが
感動的に美しかったです。
逗子海岸からくっきりと見える富士山と江ノ島。
葉山マリーナ。
逗子海岸沿いの道路。
日が暮れてもなお
海の中で遊ぶ人がいます。
逗子海岸から葉山方面を望む。
海老名の家の軸組み模型
所員Sの手による、
また先日職場体験に来た
中学生2名も手伝ってくれた
軸組模型ができました。
これから始まる
海老名の家の模型です。
木の建築学校の皆さん、
今期後半はこれ作りますよ。
ちなみに昨日の日中
この写真を撮ったのですが、
陽の射している
スギ板の表面温度は
約32℃でした。
あったかかったですね。
見えない仕組みから見える世界へ
長谷の一花屋さんで行われた
イオ(早川寿保)さんの
「誰でも出来る独立型太陽光発電のすすめ」
〜 オフグリッドソーラーの楽しみ方講座〜
に行ってまいりました。
電気という見えない世界を説明するのは
とても難しいことだと思うのですが、
お話がとても分かりやすく、
二時間があっという間でした。
こうして電気のイロハを学び、
かつ暮らしの中で
エネルギーの使い方を
見直すことによって、
「独立電源」は可能ではないか、
という思いを強くしました。
また各家に取り付けた太陽光発電が
自分で使わず売電する仕組みに
何となく疑問を感じていたのですが、
イオさんのお話を聞いて、
ストンと落ちるものがありました。
今エネルギーカフェでは、
明日からできることとして、
暮らしを見つめる提案を
続けてきておりますが、
これと併せ、
エネルギーそのもの、
「理系」の勉強を
徐々に進めていくことによって、
「見えない仕組み」に依存しない
暮らしの仕組みを
地域の皆さんと力を合わせて
作っていきたいと思います。
家づくりでもそうですが、
仕組みが見えたほうが、
顔の見えるみんなと
力を合わせたほうが、
楽しいではありませんか。
楽しいことの中に、
真実があると思うのです。
最後にイオさんのお話、
むっちゃオモロイわー(笑)。
舞台は変わる
暮らしや住まいの源流を探るため、
最近は環境考古学に関する書物を
好んで読んでいます。
一言、すごくおもしろい。
私たちを取り巻く自然環境が、
とりわけ植物の相が、
私たちの暮らしや文化を規定し、
地域ごとに特色あるものを
醸成してきたということに
改めて気付かされます。
それとともに、
この数万年の間だけでも
気候が大きく変動し、
それに伴い、
地形も想像をはるかに越えるほど
大きく変動してきたということに
驚かされます。
実は昔は数km先まで陸でした、とか、
あるいはこの山は海の底にありました、とか、
あまりにも大きく
地形が変化してきた様子を知っても、
なんだか実感がありません。
ただいずれにしても、
昔からそこにあったと
思えるような風景でも、
それが永遠に続くということは、
ありえないのだ、
ということを知りました。
それに対し私たちは、
永遠を約束したかのような、
まちの基盤や施設を
作り続けています。
また私たちが暮らす環境を
永遠に維持できると思われる
(というよりも思いこんでいる)
技術や道具を手に入れることができました。
人間の叡智を結集して作り上げた永遠が、
宇宙の気まぐれに対抗できるのか、
それは将来にならないと
実のところよく分からないと
思うのですが、
少なくとも、
狩猟採取生活が
数万年も続いた一方で、
数千年前に起こった
四大文明の跡地のほとんどが
今は砂漠になっているということは
歴史の教訓として
肝に銘じたほうが
よいと思いました。
そして私たちの暮らしの舞台が
年月とともに移りゆくのだとすれば、
私たちはまさに
一時の借り物の上に
暮らしているわけで、
今よく言われている
「持続可能性」とは何なのかということを、
改めて考えさせられました。