2016年5月31日
神田え邸にて。
今日は午後から、
神田で第二回目の竹小舞かき隊。
暑くもなく寒くもなく、
手を動かすには
とても気持ちのよい日でした。
日が暮れても建主さんたちと
ずっとやっていたかったのですが、
ぞれぞれ仕事だったり、
打ち合わせだったり、
午後七時で切り上げました。
あと一、二回、
どこかでまたやるようです。
先日、
まちなかで土壁の家をふやす会の
イベントに参加しましたが、
これを見て‘燃えない’土壁が、
神田のまちなかではやるとうれしいです。
2016年5月15日
神田え邸での
竹小舞かき隊での一コマ。
路地裏で建主さんや子どもたちが
ノコギリで竹の長さを揃える作業を
始めました。
ほのぼのしてて、
なんかいいなあ。
家でいえば
「縁側」のような路地裏。
通り道というだけなく、
遊び場だったり
作業の場所になったり、
あるいは
風の通り道になったり。
辺りは再開発などで
路地裏的な空間が
失われつつありますが、
人間の体温を感じる路地裏は、
やはり残っていってほしいものです。
2016年5月6日
神田え邸にて。
昨日山梨県で小屋を作っている間に、
神田では全面改修部分の木組みが
組み上がりました。
背の高いビルの林の中に立つ
小さな小さな木組み。
こんなにも対照的な
光景を見たのは、
初めてのことです。
もしかしたら神田で今、
もっとも背の小さい
仕事かもしれませんが、
この谷間に撒いた「種」から、
まちのどまんなかでも
「人間規模」のたてものが見直され、
そして木と土のたてものが
少しずつ少しずつ
広がっていけばいいな、
と思います。
2016年3月31日
神田え邸にて。
昨日の夕方、
基礎屋さんから
少し慌てた様子で
電話が入りました。
補強の基礎を作るために
土間を掘っていたら、
ガスの匂いがするとのこと。
地面に耳を当ててみると
かすかにシューっと
ガスが漏れる音がするというのです。
すぐにガス会社の
緊急ダイヤルを検索して電話、
サイレンを鳴らして
現場に駆けつけてもらい、
応急処置を施していただきました。
その翌日の今日、
現場に行く用事があったので、
「事件」があったあたりを確認すると、
腐食して場所によっては
倍近くも膨れ上がった
鉄管が転がっていました。
これが昨日まで
地面に埋もれていたガス管とのこと。
うへー。
これは漏れても仕方ない。
このまま気づかずにいたら
大惨事になっていたかもしれず、
ガス管が埋もれていた場所で
基礎を作ることになったことにより、
この時点でこの状況に
気がつくことができて
本当によかったです。
現在使われている配管は、
腐食しづらいものが使われてはいますが、
長い長い目で見たときに
設備配管は遠い将来こうなると
思っていたほうがよさそうですね。
それと本来帰るべき時間のところ、
急きょ自分ごとのように
対応してくださった基礎屋さん、
どうもありがとうございました。
たいへんな目をさせてしまいましたが、
現場のチームワークを
再確認することができました。
コメント
2016年3月28日
神田え邸にて。
基礎工事が始まり、
途中経過を確認しに現場へ。
こうした古いたてものの場合、
新築とは異なり、
元々のたてものの平面が
直角とはかぎらないので、
どのように配置の
つじつまを合わせるか
その都度現場との議論が
必要になります。
その際現場で
既存の基礎に話が及んだのですが、
ここは大谷石を敷き並べて
基礎にしています。
作業を進めるうえで
その一部を削ったところ、
自分が認識している大谷石とは異なり、
だいぶ堅く
締まっていたそうです。
さらにそんな石を
天端がきっちりと平らになるように
人の手で削りだしながら並べることは、
すごいことだね、という話をしました。
強い弱いはともかくとして、
昔の仕事は技術、労力とともに、
本当に敬意を表することが多いです。
2016年3月17日
神田え邸にて。
足元でたてものを
少しずつ持ち上げている間、
大工は屋上で
壊し終えた塔屋部分に
新たに屋根を作る作業を
始めました。
写真を見ると、
屋根のうえに屋根を
作っているように見えますが、
ここは改修を重ねた結果、
屋根の半面が
元々の屋根のうえに
さらに載せているようなかたちで
作っているので、
残り半面も、
元々の屋根のうえに
さらに載せるようなかたちで
作ります。
2016年3月10日
神田え邸にて。
かつて上に増築した、
寝室として使っていた
塔屋部分の解体作業を始めています。
壁天井の下地を
剥がしてみると、
以前紹介した、
空襲で焼けた
柱ほどではありませんが、
またしても焼けた痕跡が
出てきました。
また、
外皮を遮るものは、
薄い鉄の波板のみ。
塔屋として、
重量の上では有利でしたが、
恐らく暑くて寒い
塔屋だったろうと思います。
しかしこのたてものは、
周りや社会環境の変化に翻弄されることなく、
生き延びることができました。
こういう状況を目にして
最近とくに思うのですが、
たてものの寿命を決めるのは、
がっちり作っても、
性能の高い家を作っても、
少々焼けようとも、
とても暑くて寒くても、
最後の砦は、
住み継いでいこう、
使い続けていこうという意思、
このたてものに対する愛だと
いうことです。
今回は、
この増築した塔屋のおかげで
雨仕舞がかんばしくなく、
たてものを傷める速度を
早めてしまう可能性があるだろうということで
塔屋部分は壊してしまいますが、
使い続けていこうという意思を
しかと受け止め、
このたてものに関わる人たちに
ずっと愛され続けるよう、
手を加えていきたいと思います。
2016年3月3日
神田え邸にて。
足場の施工計画のため、
夕方現地で打ち合わせ。
足場が立つ面の外壁を
隣の敷地から見上げて撮りましたが、
こうして改めてみると、
元々建っていたお隣の建物の様子が
うっすらと察することができて
おもしろいですね。
お隣に合わせて
納まりを調整するあたりが
「おたがいさま」という
人の心を感じます。
一方で写真を見ると、
周辺は鉄筋コンクリート造などの
背の高い建物が立ち並び、
木造2階建ての建物が
すっかり埋もれてしまっている様子を
うかがうことができます。
周りに翻弄されることなく
直して残し、
そして「人間の規模」で
使い続けることも
捨てたもんじゃないと
将来に思えるよう、
しっかりと直していきたいと
思います。
2016年1月20日
神田え邸にて。
一つ一つ表皮をめくっていき
骨の部分が見えてくると、
約90年の間、
如何にこの建物が、
様々な苦難を乗り越えてきたか
骨が静かに物語ってくれます。
昔お隣から出た火を
もらったことがあると聞いてましたが、
確かに今日は
その跡が見えてきました。
これらのさまを見ると、
どんな苦難があったとしても、
愛されてこの時代まで
生き延びてきたことを感じ、
逆に奮い立つものがあります。
決して安全とは
言えませんので、
この先ずっと愛が続くように
大工と二人三脚で、
大手術の方法を考えます。