花に波立つ
神田え邸にて。
玄関の欄間戸に、
花柄を描いたガラスの前に
‘小さな波’が立ちました。
玄関の建具は閉じていても、
南北に通風できるように
取り付けた建具の金具です。
看板建築の再興が
この小さな波から始まり、
大きなうねりになると
うれしいです。
鎌倉よ邸にて。
今日は午前中、
「きらくなとそうや」してました。
外のウッドデッキに、
油系の塗料を塗る作業です。
外で作業するには、
これ以上ないというくらい
気持ちよいお天気で
よかったです。
ところで塗料は、
国内の会社が作っている
自然由来の原料なので、
いわゆるペンキのような
人工的な匂いではなく、
これで料理をしても
いいんじゃないかと思うほどの
香ばしい香りでした。
安全であろうとすることは、
心地よさをもたらすのだと
思います。
あるいは、
心地よい場を作ろうとすれば、
安全な素材に行きつきます。
神田え邸にて。
今日は玄関の建具が入りました。
今回の建具の意匠は、
昔の写真を参考にして、
如何に90年前当初の状態を再現するか、
そして単なる過去の再現ではなく、
そうした条件の中で
如何に今を表現するか、
そんなことを考えながら、
この現場に赴くたびに
どんな建具がいいか思い描き、
そして建主さんとも
話し合いを重ねましたが、
なかなか結論には至らず、
ようやくつい最近
たどり着いた結果の成果が
今日取り付きました。
そんな紆余曲折があっただけに、
今日という日が本当に感慨深いです。
建主さんも
すごく喜んでくれました。
ところでこれまで
この現場で何をしていても、
道行く人たちは
現場に目を向けることが
あまりなかったのですが、
玄関の建具を
建て込んでいる時は別、
道行く人たちのほとんどが
こちらに関心のまなざしで
目を向けていました。
木の建具は、
人々の関心を惹く
引力があるようです。
神田え邸にて。
秋は日に日に
陽が短く低くなり、
そうすると、
きらくな網戸の影も
様々な幾何学模様を
楽しめるようになってきます。
神田え邸では、
南側が現在解体工事中なので
1階でも十分に陽が射すため、
楽しいきらくな網戸の影が
壁に映し出されていました。
壊した後は
新たにたてものが建つ予定なので、
陽と影を楽しめるのは
今のうちだけですが、
やはり陽が当たる幸せを感じてしまうと、
東京のど真ん中だろうとなんだろうと、
陽が当たるって大事だな、と思います。
そういう都市計画に
ならんかなあ。
まちの子どもたちが集い、
あたたかく子どもたちを見守る施設、
‘ふかふか’にて。
今日は下弦の月の日。
土壁に使うための竹を
みんなで伐り出しました。
伐った場所は、
地元鎌倉の竹林。
竹を伐る作業は、
竹を使うためだけではなく、
竹林の環境整備も
兼ねているので、
近い場所で竹林とご縁があることは
お互いにとってよいことです。
いつかこの竹林の近くを通った時に、
「あそこの竹林から竹伐ったんだよ」
と語り継がれれば、
引き続き身近な場として
手入れしようかなという気持ちに
つながるのではなかろうかと思います。
さて今日は、
運営に関わるお母さんたちと中心に
延べ10人ほど集まりましたでしょうか。
竹伐りは地味に重労働なのですが、
自分の子どもたちを
自主保育というかたちで
自然の中で育ててきた方たち
ばかりということもあり、
お母さんたちはたくましく、
順調に作業が進みました。
また作業の合間、
たくさんの会話が生まれるのは
お母さんたちならではで、
身体はしんどくとも
楽しそうで、
私自身もなんだか
幸せなひとときでした。
気づいたら
終了時刻の午後三時。
皆さん楽しい時間を
ありがとうございました!
まちの子どもたちが集い、
あたたかく子どもたちを見守る施設、
‘ふかふか’にて。
先日みんなで柿渋を塗った材木たちが
今日組み上がりました。
刻んだ藤間さんと、
ありがたいことに
改修工事に用事がある合間に
なぜか(笑)来てくれた
静岡の北山さんと、
そして私とでの作業。
4坪弱の小さな小屋ですが、
大きくても小さくても、
建前の感慨は変わりません。
一気に倉庫の中の
世界が変わりました。
まちの子どもたちが集い、
あたたかく子どもたちを見守る施設、
‘ふかふか’にて。
カキシブ隊では、
大人たちが柿渋を塗る横で、
伝統的に子どもたちの作品を
よく目にします。
大人たちが楽しそうに手を動かしていると、
子どもたちの創作意欲を刺激するのでしょうか。
今回も小さな女の子たちが
マンホールの上に
石を集めた芸術品を
作り上げていました。
どうやらケーキのようです。